日本語トップ> 雑記帳>

著作権考


著作権は論文の執筆掲載引用や文献複写に始まって身近な話ですが, その精神を理解するようになったのは本を書いたときに出版社のかたに教わってから. 折に触れて条文の意味を考えてみました. 以下は詳しい解説ではなく,できるだけ端折って, 当座自分に関係しそうな部分だけを短かくまとめようとしたものです.

1. 理念は文化の発展

何も考えずに著作権と聞くと,著作者の権利擁護が主目的という語感です. USAでは(ディズニーの著作権が守られ続けるようなタイミングで) 保護期間が延長される改正がありました. 自国民に利益をもたらすために法律がある,というアメリカ型民主主義 の一例でしょうか.

日本の著作権法(以下2002年最終改正に基づく)は 第1条に

 この法律は <中略> 著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、 これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、 もつて文化の発展に寄与することを目的とする。
とあって,最終的な目標は文化の発展にあることを明示しています.

権利の範囲を明確にすることで,著者の権利を守った上で できるだけ著作物を広く利用してもらうことが, 著者にとっても自分の意見が伝わるという創作活動本来の目的を実現するし, 利用者にとっても著作の成果を生かせて,流行の言葉で言えば, win-win の関係を得る,ということだと思います.

著作をできるだけ利用してもらう,ただし,次の著作を完成するまでの 著者や出版社の人の生活の糧や著作を出版するのに要する費用の捻出は 権利として確保する,というのが理念だと私は感じます.

ところで著作とは?

著作権法第2条(1)その1によると著作物とは 「思想又は感情を創作的に表現したものであつて, 文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」 となっています.著作者はもちろん著作物を創作する人(第2条(1)その2).

著作権は基本的に創作したときから死後50年まで(第51条),… おっとその前に,著作者の権利は分類されていました (第2章第3節第1款=第17条,の(2)).

  1. 著作者人格権(第3節第2款): その内訳は, そもそも未公表の著作を公表するかどうかを決める公表権, 氏名表示権,変更・改変をする(またはしない)同一性保持権,の3つ, 死後も無期限,不可侵, 著者自身が譲ると言っても他人に譲ることができません(第59条).

    「第2版」を発行できるのは著者だけで, それを公表したら第1版は頒布不能(絶版), そこで著者が死んだら第3版はあり得ない. 厳密には死後については「著者の意を害しない」場合はこの限りでない(第60条) とあるので,生前に第3版の用意をしていて,その功績をたたえるための 限定版を記念出版するのはあり得るのでしょう.

  2. 著作権(第3節第3款):  複製や頒布など,著作物の利用の可否を決める財産権で, これが第51条で死後50年まで保証される権利

もう1点重要なのは,著作者人格権と著作権は自動的ということ(第17条(2)). 「copyright」や「○にC」などを見かけますが, そういうことはする必要はありません. (裁判になったときに「著作権が及ばない文章と思って いました」みたいなことを言わせないためのダメ押しなのでしょう.)

ついでに,ここでの考察と関係の薄いトリビア

  1. 法律の条文は著作物の定義に合う可能性が高いですが, 著作権や著作者人格権を保護しないと明示しています(第13条).
  2. テレビ番組などで文芸や学術とは 言い難いものや劇のようにものではなく動作などは,著作物の定義に 当てはまるか怪しいですが,これらについても著作権と類似の権利を 著作隣接権として規定しています(第4章).

著作権の内容

著作権には, コピーや印刷製本をする権利である複製権(第21条)や, それを売ったり(出版)配ったりする頒布権(第26条)を含みます. 世に広める種々の手段(たとえば上演・上映)が列記されているので 複数の条文が続きますが, 要するに,著作物のコピーを作る権利に始まって, それを売ったり配ったりする権利全てが著作権です.

第21条は

著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。
とあり,複製については第2条(1)15に
印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいい、  <後略>
とあります.原則は,著者の承諾無しに(一部分でもそこに創造性があれば) コピーを作ってはいけません.ばらまいたり売ったりするのは論外.

Webのミラーサイトやキャッシュは有形(htmlファイル)なので複製ですね. したがって,著作者の許可無しにミラーを作ったりキャッシュをとって 皆にアクセスできるようにしてはいけません.

理念との関係

著作者の権利の保護と著作の内容を社会に広めることの調和という点からは, 不可侵な著作者人格権(憲法で保証される基本的人権の概念を 著作に応用した,と法理論では考えるのでしょうか)と財産権としての著作権を 分けたことがまず重要なのでしょう.

広めたい内容は著者が決める.それを不可侵とすることで 著者が伝えたい内容を保護する. そして,それを広める権利を財産として認めることで 創作活動で生計を立てることを可能にし,さらに, たとえば出版社と契約することで,(建前としては 著者が生きていくのに必要な金額を確保しつつ,残りで出版業を成り立たせる ことで)売りさばいてもらう.全体として「良い考え」が経済活動を通じて広まる ことで社会や文化が発展する.こうして理念を実現するのが法の狙いでしょう.

なお,出版社が安定して営業できるように排他的に頒布できる権利(出版権) に関する取り決めも著作権法にあります(第3章). もちろん出版権はwebや研究論文のように儲けと関係ない著作物には無関係です.

2. Webの転載は違反

もう一つ,思想を広めるという理念に即して,重要な概念があります. 第21条にあるとおり著作物のコピーを作る権利は著者が(譲らない限り)持つので, これだけだと本のコピーをとるごとに著者の承諾を必要とします. コピーどころか,その本の内容を自分の本で検討するために引用するためにすら 承諾が必要になりかねません. これでは利用者も著者も手間ばかりかさんで, 内容を広めるどころではなくなります. これについて,いくつかの条件下で著作権を持っている人の許諾を得ずに たとえばコピーをとることが許される,という条文があります.

たとえば研究等の正当な理由のために 慣行に従って引用することは許されます(第32条). 出典の明示は必要です(第48条)が,そのほかに, 判例によれば,引用する必然性があって,引用部分が明確であって, 自分の著作物のための材料として引用するという主従関係があることが 条件のようです. (半ば冗談のたとえで言うと, 「自分で書いた」と言いながら事実上種本の丸写しになっている できの悪いレポートのようなことは,引用ではなく「許可のない複製」です.)

図書館で研究上の資料をコピーすること(第31条)や, 私的使用のための当人による個人的コピー(第30条)も許されます. ただし,映画のDVDの複製のように 補償金を要する場合があります. 研究論文のように儲からないケースでは補償金は関係ありません. この他,いくつかの条件がありますが,それ以外の目的で 無断コピーをしたり無断転載をすることは複製物の目的外使用(第49条) となります.つまり,明示的な例外規定の条文がなければコピーはいけません. 不特定多数にばらまくのはもっての他.

以上の例外規定にもかかわらず,著作者人格権は制限されないことを 法律では念を押しています(第50条).つまり著作者人格権は例外なく 保護されます.

複製(コピーや転載)は上記のような「例外規定」もあって, 著作権を持つ者の承諾が必要という原則が十分行き渡っていないようです. コンピュータのソフトウェアやDVDが大金になることが分かってから 初めてこういうことが大きく議論されるようになった感があって, 文化という理念から見ると寂しいものです.

保存したコピーの公開の問題

ところで,無断転載に関して気になることがあります. Webはhtmlファイルや画像ファイルなどで思想を表現する著作物です. 検索エンジンの中には他人のweb(htmlファイルや画像ファイル)を断りもなく コピーして検索エンジンサイトが所有する記憶装置にキャッシュと称して 保存(archive)した上に, それを自由に閲覧・ダウンロードできるようにしているものがあります. 上にも書いたように,これは著作物の複製と頒布を無断で行う ことになるので,著作権法違反の疑いがあります. (サーバが外国にあると事実上手が出せないかもしれませんが.)

比較的大きな検索エンジンはNOARCHIVEを指定するとarchiveしないと 言っていますが,無断複製自体が違反だから, 指定しなければ(デフォルトでは)archiveしないのが本来のあるべき姿です.

しかも,「キャッシュ削除」要請は単にその公開(リンク)を 消すだけで,コピー自体は残っています.(要請をcancelすると 古い内容が再現されるので,古いコピーを無断で保存して いつでも無断頒布を再開できるようにしていることが分かります.) これもおかしい. この仕様だと,複製と頒布権の侵害だけではなく, 著者が改変した後に改変前の旧版を頒布する可能性があるので 同一性保持権という不可侵のはずの著作者人格権すらおかす 恐れがあります.

検索用のINDEXの作成は2次的著作物またはデータベースと同類と思われるので 許されるでしょうが,無断複製は納得できません.

検索エンジンの話は微妙ですが, 他人のwebのhtmlの内容や写真をダウンロード/アップロードや コピー&ペーストで他の掲示板や画像掲示板に掲載するのは 何の微妙なこともなく明らかな著作権法違反です. 元のwebの改変後も消さずにおいておけば著者区者人格権侵害にもなります. 他人のhtmlや写真を掲示板にアップするのは絶対なさらないようにお薦めします.

入試問題の引用

大学で複製の例外規定がいちばん微妙な問題になるのは入試問題に 著作物を用いるケースでしょう. これについては明示的に認められています(第36条).

(1) 公表された著作物は、入学試験その他 <中略> の目的上必要と認められる 限度において、当該試験又は検定の問題として複製することができる。
(2) 営利を目的として前項の複製を行なう者は、通常の使用料の額に 相当する額の補償金を著作権保有者に支払わなければならない。
承諾無しに入試に使うことができます.非営利目的ならば無料です. しかし,この入試問題を第3者が著作権保有者に承諾を得ずに 入試問題集に収録して売ると著作権法違反になります. また,過去問をデータベース化して利用することを始めれば, データベスに載せることについて(個人利用でないのに複製を作ることになるので) 事前に著作権保有者の承諾を必要とするかもしれません.

なお,入試問題自体も著作物です. 外部の著作を引用していない入試過去問題を入試問題として再利用することは (著作権だけに関して言えば)以上の議論から許されるはずです. 著作権は大学にあるでしょうから, 大学どうしで相互利用する包括的な許諾を行えば, データベース化も可能でしょう. ということでそういう動きが始まっているようです. 問題文に引用が無いかどうか常に気をつけないといけないけれども.


日本語トップ> 雑記帳> inserted by FC2 system