1990年代初頭以来持っていた, 2変数多項式の臨界点の唯一性に関するある予想を掲載しています. 紆余曲折はあるものの,着実に自明でない結果が蓄積しており, 「良い定理」の存在を期待しています. 数学の中のどういう専門分野の問題なのかも知りません.ご存じの方, お教え頂ければたいへん幸いです.
W: R+ -> R を(恒等的にゼロではない)1変数 正係数多項式で,各項の次数は 3 以上とします. このとき, W に負係数の2次の項を加えた多項式 w(x):= W(x)-x2/2 の 臨界点 (grad w(x)=w'(x)=0 を満たす点 x) が x>0 にただ1つ存在 することは,高校時代の微分法を思い出せばすぐ分かります. では,この性質は W を2変数にしたとき,どのように保存されるでしょうか?
注.
w の臨界点は W の勾配写像 grad W=W'が定義する 力学系 Xn+1(x)=(grad W)(Xn(x)), n=0,1,2,..., X0(x)=x, の固定点です.
単純に2変数正係数多項式 W: R+2 -> R を第1象限全体で 考えただけでは,係数を少し変えるだけで, w(x,y):= W(x,y)-(x2+y2)/2 の 臨界点 (grad w(x,y)=0) は(唯一性どころか) 複雑な振る舞いをすることがあります.
下の3つの図は W(x,y;d) = x3 + x2y + d y3 について, 左上から順に d=17/12+0.04, d=17/12, d=17/12-0.04 の場合の w(x,y;d)=W(x,y;d)-(x2+y2)/2 の 臨界点(黒丸)と等高線図を Mathematica に書かせたものです. 係数 d を変えると臨界点が生成(消滅)や分岐を行うことが分かります. このようなことが起こると,臨界点の唯一性の一般論は成立しえません.
そこで,2変数への拡張に際して,第1象限の中に 部分領域を考えて,そこでの臨界点の唯一性を論じます. 1変数の場合に問題が極めて簡単だったことを生かすべく, 2つ目の変数 y は1つ目の変数 x に比べて小さいというイメージで 取り扱います. このため,部分閉領域として D={(x,y) in R+2 - {(0,0)} | y ≦ x2 } をとります.
さらに,w の臨界点は W の勾配写像 grad W=(Wx , Wy): R+2 → R+2 が 定義する力学系の固定点である,という視点から, D が grad W の不変領域で あるような W を考察の対象とします.
以上をまとめて,次の問題設定を考えます.
実2次元平面の第1象限(境界含む)R+2 の中に D={(x,y) in R+2 - {(0,0)} | y ≦ x2 } をとり, 次の3つの性質を持つ(恒等的にゼロではない)2変数多項式 W を考える:
注.
問題1の仮定の下で D に w の臨界点が存在することは, K.Hattori, T.Hattori, S.Kusuoka, Probability theory and related fields 84 (1990) 1-26 のように, grad W が定義する力学系の basin の考察を 用いることで,固定点定理(Rnの有界閉集合から自分自身への 連続写像には固定点が必ずあるという定理)から分かります.
もう少し詳しく言うと,W が正係数多項式で3次以上であることなどから, 領域 D は共通部分を持たない3つの grad W の不変部分集合の和集合として表せます.
単純に D 全体に固定点定理を使おうとすると原点 O が自明な固定点なので 意味のある結果が出ませんから,固定点定理を経由する証明法では grad W の定義する力学系の軌道の議論が本質的です.
追記 (20061006).
上記文献はここでの設定では1変数の場合に対応します. 2変数の力学系の問題に対応するのは以下の論文です. 考え方は上に説明したとおりです. 日本語の解説「ランダムウォークとくりこみ群」 (服部哲弥著,2004,共立出版)も書きましたのでぜひ参照下さい.
ところで,問題1に1変数の拡張という描像に沿った弱い条件をつけ加えれば, 力学系の軌道や固定点定理によらずに臨界点の存在を証明できます.
問題1の設定に加えて (X,Y)=grad W に対して以下の性質を仮定する:
注.
以上の条件を1次元的と見るのは,これらの条件の下で x が 0 に 近いとき, 0 ≦ z ≦ 1 に関して一様に, Y が X2 に近く,従って,grad W が定義する力学系の軌道は 放物線 y=x2 をほぼ動きながら 0 に近づく,という意味で y が x に比べて高次の微小量であるという最初の想定が生きてくる, ということです.
W が y の2次までしか含まない場合は, 問題1の一般的設定の下で成り立たない単調性を利用できるので, w の臨界点の唯一性は容易に分かります.一般的な状況とは事情が大きく違う ので別のページにゆずります.
W が y の1次と 3次以上の項を含む場合の w の臨界点の唯一性は 容易ではありません. 長い間,具体的な数値係数の組を与えられる毎に 力ずくで証明する方法しか知りませんでした. 例えば次の例(問題1の設定と結論を満たす例)が知られています.
命題 (19990109)の設定の下で w の D における臨界点の唯一性は 言えるか?もし言えないならば,どのような仮定を追加すれば十分条件となるか?
長い間いろいろ試した結果,事実としては問題2は事実上肯定的に解決する と確信しました.
命題 (19990109)の設定に加えて W(x,y) には x3 という項が ある(係数が正である)ことを仮定する.このとき, w の D における臨界点はただ一つ存在する.
注.
追加の仮定は,W の最低次の項をx3に決めておこうということです. 最低次が3と異なっても同様の結果が成り立つ可能性は高いですが, 縮退があるようなものですから,証明(少なくとも初等的な証明)が 場合分けを要して煩雑になる危険も高いので,話を単純にしておこうと割り切ります.
条件が増えたので見にくくなりましたが, 定理 (20060819)の仮定をあらわに書くことができます.
定理 (20060819)のWに対する仮定は以下と同値.
問題2 (19990204)の上に書いたW=W3およびW=W4は 定理 (20060819)の条件を満たす例です.もっと簡単な例としては,たとえば
Wの項数を命題 (20060819)のように12個まで制限しても, まだ領域 D に限る必要があること, つまり,最初の問題の難しさは失われていないこと,に注意します. 実際,今挙げたWεについて
一方,今書いた「摂動論」(O(ε) の議論)から, εが十分小さければ D の内部に固定点がただ一つあることが分かります. 定理 (20060819)は,「この,小さいεで成り立つ性質が, εが1程度の大きさ(最大8/3)でも保存すること」を保証します. O(ε)で成り立つ定性的性質がO(1)まで成り立つという主張はまさに 現代数学の目指してきた重要な視点です.
さらに,この例は項数が少ないのであらわに計算できて, Dにおける固定点の唯一性が成り立つのはεがあまり大きくない間だけである ことが分かります. つまり,ε≦8/3 でしか唯一性が保証されないのは定理の弱さではなく, 実際,εを少し大きくすると固定点がもう1つDに入ってきます.
その後,D内の固定点はゆっくり接近し,あるε(ε=18.3488…)でぶつかって ε≧18.3488…ではDの内部に固定点はなくなります. つまり,D 内の固定点の挙動も大きいεでは自明でなく, 唯一性という安定した性質が主張できるεには上限があります. その意味でも定理の主張はむしろ自然かつ非自明な内容を持っています.
臨界点(あるいは固定点)の存在定理命題 (19990109)を見いだしてから 長い時間予想 (20060819)の証明を目指しましたが, 最終解決にはアイデアが足りないと感じるようになりました.
しかし,背景となる問題(gasket上のrestricted self-avoiding paths)から 得られる具体例W=W3,W=W4では結論が成り立っていて, その物理的描像(『斥力しか無い系では相転移は起こりそうもない』)も明確 なので,少なくともこれらを含むあるクラスでは統一的な証明が可能なはずで, それをまとめておくことは意味があるだろう,と思い直して, 3,4次元gasket上のrestricted self-avoiding pathsの本数の母関数という 背景問題からすぐ分かる条件(実際に本数を数えなくても,たとえば xy4という項は無いことがグラフの簡単な考察から得られる,など) をおいたクラスでの固定点唯一性定理を見つけました.
実際,定理 (20060819)の条件で排除される項は 手持ちの証明を壊しかねない『扱いづらい』項になっています. ただし, 背景問題の描像を全く使わずに証明を見つけたため,この『一見自然に見える対応』 の数学的(物理的でもいいが)理由は分かっていません.
なお,以上の,Wの形とself-avoiding pathsの本数との関連については, 「ランダムウォークとくりこみ群」 (服部哲弥著,2004,共立出版)にていねいに解説しましたので, ここでは省略します.
1点,特記する価値があると思うのは,係数たちやその組み合わせである Rnが非負という条件は,典型例 W3,W4 の 背景となる問題においては,本数(確率測度)の非負性やself-avoiding pathsの 自己反発性といった,本質的に不等式で書かれた条件だ,という点です. 自然現象は運動方程式のように等式の部分と,熱力学的安定性(数学に翻訳すると 確率測度の非負性プラスまだ極められていないように思えるアルファ)などの 不等式の部分があります.不等式が記述する自然なクラスというのは存在します. そしておそらくそのことを反映して不等式が記述する数学的に自然な概念も 存在すると思います(もちろん測度の非負性はそのような例ですし, ノルムも非負ですが,他にも,より入り組んだ概念もあってよいだろう, という信念です).そのような,不等式の生む数学の新概念が21世紀の 数学の大きな課題になる可能性があります.くりこみ群が将来その中に位置づけられた としても驚きません.
不等式が生む数学の新概念を目指す研究は数学者には人気が無いらしく, 既存の数学的成果がほとんど使えないようです. 結局,強引に証明する方法しか今のところ私には見つかりませんでした. 論文
先は遠いです.
命題の証明やこの研究の展開の背景歴史等, 詳しいことは上にリンクした論文,本,下記文献表, および英語のページをご覧下さい.
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